埼玉:所沢の家 建て方

埼玉:所沢の家 建て方を行いました
職人さんが軽々と骨組みを組み立てていく姿は
毎回のようにすごいなと感じます。
想像していた見え方となり一安心です。

埼玉:所沢の家 建て方を行いました
職人さんが軽々と骨組みを組み立てていく姿は
毎回のようにすごいなと感じます。
想像していた見え方となり一安心です。

埼玉:所沢の家 土台工事が始まっています。
斜めの取合う箇所のおさまりなどを確認して
いよいよ上棟も間近です。このころになると一気に建物の全容が見えるようになります。

法規と関わるコミュニケーション
街並みを眺めると、建築の知識がある人には見えてくるものがいろいろあるのですが、法規によって建築の形状だったり、街並みが出来上がっていることを感じると思います。
同じような高さが揃っているビル群の風景は、景観を意識して出来上がっているというよりも、高さ制限による。建物の高さが高くなるにつれて、斜めにカットされた外観のビルは斜線制限による。2階建までしかない住宅地も法規によります。
しかし、法規にならうデザインのみであると、一律な建築が建ち並ぶのみとなり、風景全体としてもなんとなく魅力的にならないのでは、と現実の街並みを眺めて思われるのではないでしょうか。
法規条件も敷地条件、気候条件と同等にその土地の特徴と捉えて、建築を考えることが必要なのかもしれません。どの条件も、悪条件だったとしてもじっくり問題を見つめていくと、不利だったことが魅力的なかたちに結びつくかも知れません。

大阪:集合住宅
道路に面する外壁には庇が出ています。
軒先に付けている照明を点灯し、光り方を確認しています。
足場を外したときの外観が楽しみです。

静岡:建売プロジェクト[Iori]の見学会を行いました
規格住宅という新たな試みでしたが無事にお披露目することができました
ルームツアーを、インスタライブなどでも配信させていただいておりますので、是非ご覧ください
今後も各地で定期的に開催できればと思いますのでぜひご参加ください。

京都:スーパーカーショールーム
基礎配筋検査を終え、型枠工事中です。
円形部分の工事がむずかしいとのことですが、きれいにつくってもらっています。
いつも、基礎ができるとサイズの実感がわいてきます。
ここから決めることが多い打合せが続きます。

関係によってデザインが生まれる
コミュニケーションとなると、設計者とクライアントさんとの話し合い。また関係性により信頼し合うことが第一にあると思いますが、デザインを生み出すにはそれだけでは足らないことがあり、いろいろな関係性により生まれていきます。
土地の特徴をどう見つけるか、その土地とクライアントはどのように関係をつくることができるのか、クライアントのご家族のそれぞれの希望はどの様に絡まっていき、予算との関係とうまく関われるのか、近隣からの視線が建物がデザインにどう関係してくるのか、、更にもっと細分化された関係性という内にあるものごとから、デザインはやっと外に出てくるものかと思います。
そいういう過程から建築の外観も生まれてくるので、表面から先にデザインを作り出すといった動きではなく、いろいろな関係性から外観が生まれています。

埼玉:所沢の家 基礎工事が進んでいます。
一度立ち上がり以外のところを打設して
そのあと立ち上がりを打設していきます。
無事打設も終わり建て方に向けて計画を進めています。

長野:軽井沢の家
薪ストーブに火が入った様子です。
白い壁に合わせて鉄板を白く塗り、壁の中に炎だけが見えるように設計していました。
イメージ通りの見え方になったかなと思います。
ちょっとしたことで見え方が変わるのは面白いです。

小さいものが街並みをつくっている
住んでいる周辺を散歩する周りの景色。電車で移動する車窓から見る家が並んでいる風景。車から眺める町中の様子。
日常の風景は建物であふれており、人は特徴的な場所、あえて向かう観光地の風景でないかぎり周りを眺めることは無いかも知れない。
有名な建築物を目指して足を運ぶけど、その建築物周辺の風景は限定的で、街並みとしての風景にはならないかと思う。
施設などの大型建築物は個人的なコミュニケーションとは違い、企業という大きなシステムの中で出来上がりがちで、人が感じられる建築にはなりにくい。小さい建築である小売店とか、個人住宅のほうが人の肌感があるのかもしれない。
しかしながら住戸が建ち並ぶ風景は、ハウスメーカーや建売の住宅が広がり、人の肌感があるかは疑問ではあるが、これが現在の家づくりに対するコミュニケーションの結果としての風景とすれば、コミュニケーションの仕方においても、なんらかの原因があるのではないだろうか。
古い街並みや集落の風景は、その風土や気候などとの対話により形成されていたと思う。現代はそういった対話もなくなってしまっているのではないだろうか。
風景は小さい建築、特に住宅群からつくられている。もう少し敷地との対話、住まい手や作り手との対話によって風景が変わっていくのかも知れない。